温暖化対策に必死に抵抗したアメリカ
さる6月26日、BS1で「アメリカ 石油依存の構図 ~遅れる温暖化対策~」が放映された。WGBH(ボストン公共放送局)という米国のテレビ局が昨年制作した番組である。
関係者の証言をもとに、1988年以来、約20年におよぶ米国の温暖化対策放棄の裏事情を明らかにしている。
温暖化を社会問題にした
NASA研究者の勇気ある証言
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ジェームズ・ハンセン |
1988年、温暖化に危機感を抱いていた民主党のティモシー・ワース上院議員は、NASA(アメリカ国立航空宇宙局)のジェームズ・ハンセンに上院エネルギー委員会の公聴会で温暖化について証言するよう依頼した。
ハンセン博士はNASAのゴダード宇宙研究所で気候変動について研究していた。
博士は「世界中で実際に気温が上昇していて、それが人間がさまざまな形で排出する温室効果ガスによるものであることを99%確信している」と証言した。
「ハンセン博士は連邦政府に雇用されている立場だったのに、政府の許可を得ずに証言した。勇気ある証言だった。」(ワース議員)
この証言は新聞各紙で大々的に報道され、温暖化に注目が集まることとなった。
この年11月にはIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が発足した。
条約に署名はしたが・・・・・・
1992年6月、ブラジルのリオデジャネイロで「地球サミット」(国連環境開発会議)が開かれた。大統領選挙でクリントン候補は現職の父ブッシュ大統領がこの「地球サミット」に参加し、気候変動枠組み条約に署名するべきだと主張した。
政権内では、地球サミットが環境保護派の大会のようになってアメリカが袋叩きになると心配する人もいた。ブッシュ大統領は「環境に配慮するアメリ カ」をアピールできると判断して出席、気候変動枠組み条約に署名した。アメリカは先進国の一員として「2000年までに温室効果ガスの排出量を1900年 のレベルまで引き下げる」ことを約束した形になった。
しかしブッシュ大統領は環境より経済が優先課題だと明言し、温室効果ガスの削減目標を、法的拘束力のない任意のものにするよう主張した。
エネルギー・自動車業界が猛反撃
こうしたブッシュ大統領の動きに呼応して、地球温暖化対策への抵抗が強まった。エネルギー関連企業と自動車業界が共和党を、その労組が民主党を動かした。こうした企業は共和党に多額の選挙資金を提供しており、民主党は労組の支持票に大きく依存していた。
1993年には民主党のクリントンが大統領、ゴアが副大統領に就任し、温暖化ガス削減のためBTU税というエネルギー税を導入しようとした。しかし、与党・民主党の反対により、廃案となった。石油・石炭の生産に頼る西部選出の議員が強硬に反対したのだった。
メディア・科学者も動員して反撃
メディアを使ったキャンペーンも始まった。エネルギー業界が資金を出し、地球温暖化対策に反対する動きに出た。
「二酸化炭素濃度が2倍になると緑化が進みます」(石炭会社の団体)
科学者を動員して、不確実な点をクローズアップしたり、地球温暖化は作り話だと主張したりした。科学者にばく大な金が渡っていたという証言もある。
「温暖化を否定していた科学者の数人はおよそ100万ドルを受け取っていたことを突き止めた。私たちが公表するまで一切表に出ていなかったことです。」(ジャーナリスト ロン・ゲルブスパン)
共和党の議員たちは温暖化自体を疑うことを支持した。
京都議定書への反対論が席巻
1995年12月、地球温暖化は人間の活動で発生する温室効果ガスが原因だとするIPCCの第2次報告書が発表された。1997年12月の京都会議では、に法的拘束力のある温室効果ガス削減目標が課題となっていた。
京都会議を前に、エネルギー業界と自動車業界は、CO2の排出削減義務化に反対を唱えた。アメリカ議会では「中国とインドに削減義務を負わせられ ないということは、中国とインドの製造業をさらに増やして、彼らに大きな経済的優位を与えることになる。環境に配慮するとアメリカのビジネスコストは高く なる。」という意見が支配的だった。
上院は党派を超えて反対した。石炭産業が盛んな州から選出された民主党議員と共和党議員、この二人が共同でインドと中国が含まれない条約に反対する決議案を提出。
賛成95,反対0で決議案は採択された。
京都会議でアメリカ代表団を率いていたゴア副大統領は、アメリカが京都議定書を支持すると明言した。しかしワシントンでは、クリントン政権が上院での承認を断念していた。
ブッシュ政権は京都議定書を離脱
1990年代後半、アメリカは好景気に沸き、かつてないほど大量の二酸化炭素を排出していた。
2000年の大統領選挙では、ブッシュ候補はゴア候補に対抗して温室効果ガス削減の義務づけを掲げていた。選挙に勝つと、二酸化炭素削減の義務化を主張していた前ニュージャージー州知事 クリスティン・ホイットマンをEPA環境保護局長官に抜擢した。
ところが、就任後まもなく、ホイットマン長官がイタリア・トリエステで開かれた地球温暖化に関する会議に出席している間に、方針がひっくり返され た。石油業界と深く結びつくチェイニー副大統領のもと、エネルギー作業部会が開かれ、大統領がCO2の排出削減の義務化を約束したかどうかが問題になっ た。チェイニー副大統領のオフィスは、大統領が削減の義務づけを公約してはいないと主張、ブッシュ大統領は「二酸化炭素を削減する」という選挙公約を翻す ことを決定した。
イタリアから帰ったホイットマン長官は大統領に面会を求め、温暖化対策の必要性を縷々説明しようとしたが、大統領は「すでに決定は下された」と告げた。
2001年6月、ブッシュ大統領は京都議定書からの離脱を宣言した。世界各地で抗議行動が行われた。
温暖化対策の研究を検閲、中止、抹消、圧力
「ブッシュ政権の一年目からそうした検閲が始まりました。京都議定書を離脱したのと同じ頃からです。ホワイトハウスは気候の変動がもたらす影響の 研究をすべて廃棄するようにと言ってきました。完成したばかりの研究だったのです。」(米国気候科学プログラム リック・ピルツ)
1000万ドルが投じられたこの研究(CLIMATE CHANGE IMPACTS ON THE UNITED STATES)は全米規模で温暖化の影響を分析したものだった。
「気候変動がもたらす影響評価については一切掲載するなという指示でした。それにより政府文書の目録からも削除されたのです。」(ニューヨークタイムズ記者 アンドリュー・レブキン)
1988年に上院公聴会で証言したハンセン博士が温室効果ガスを早急に削減するよう求めて以来、ブッシュ政権は彼が話をしないよう圧力をかけている。ハンセン博士はNASAのゴダード宇宙科学研究所の所長を長いこと務めているが、NASA本部は広報担当官に対し、ハンセン博士の講演原稿、発表論文、研究所ウェッブサイトへの書き込み、さらにジャーナリストからの取材依頼をチェックするよう命じられたという。
すると、NASA本部の高官が広報担当官に何度も電話して来て、その種の発言が今後も続くならば「深刻な結果」になることを伝えてきたという。
流れは変わった?
2005年8月、アメリカ南東部を襲った巨大ハリケーン・カトリーナは1,800人以上の犠牲者を生んだ。カトリーナのような天災に遭遇した人々は、温暖化の脅威を実際に身をもって感じていた。
「アメリカ人は気象のパターンが20年前と同じではない、季候が変わりつつあると皆感じています。そしてこれは単に自然のなせる技なのか、それとも 何か他の要因があるのかと思いを巡らせています。以前は誰もそんなことは考えもしませんでした。」(共和党調査スタッフ フランク・ランツ)
石炭火力発電所建設計画を撤回
アメリカでは過去30年近く、石炭火力発電所の新設はなかったが、天然ガスと対照的に石炭価格は安価で安定しているため、巨大電力会社TXUはテキサス州で11基の石炭火力発電所新設計画を打ち出した。
石炭火力発電は天然ガス発電にくらべ、はるかにCO2排出量が多い。地域住民、環境保護団体、テキサス州各都市の主張などが発電所の建設差し止めを求め、訴訟を起こした。
2006年2月、買収ファンドのコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)とテキサス・パシフィック・グループ(TPG)がTXUを買収、環境保護団体との交渉で以下の4点を確約した。
・新規に建設予定の11基の石炭火力のうち、8基について計画を破棄すること。
・TXUが他州で石炭火力を稼動させる計画を中止させること。
・温室効果ガス削減目標の義務付けを連邦政府に求めるUSCAPの活動を支持すること。
・二酸化炭素排出量を2020年までに1990年レベルまで削減すること。
カリフォルニア州は温暖化対策法を制定
2006年9月、カリフォルニア州では共和党のシュワルツェネッガー知事が二酸化炭素の排出削減を義務づける、全米初の画期的な法律を導入した。
「連邦政府の行動は待てません。我々が行動を主導します。」(シュワルツェネッガー知事)
「カリフォルニア州はなかなか腰を上げない連邦政府にしびれを切らしたのです。州の水資源局の調査ではすでにシエラネバダ山脈の雪の量が大幅に減少 していることが明らかになっています。州の飲料水や農業用水の3分の1をまかなっているのがこの雪です。このままだと2050年には雪の量は3分の1にな るということでした。」(カリフォルニア州環境問題顧問 テリー・タンミネン)
エネルギー業界も温暖化対策を歓迎
2007年2月、意外な団体が上院公聴会を訪れ、連邦レベルで地球温暖化に取り組むよう訴えた。
「この団体にはGE、デュポン、BP、キャタピラーなど世界的な大企業が含まれることを強調しておかねばなりません。またデューク電力、PG&Eといった大手エネルギー関連企業も含まれます。」(民主党 ボクサー上院議員)
これら大企業の代表者たちは、温暖化の現実、州ごとに温暖化の規制が敷かれることへの不安、さらには新しいビジネスチャンスへの期待から、CO2の排出抑制を義務づけるよう連邦政府に要請した。
「我々は気候変動を最も切迫した環境問題であると考えています。世界最大の温室効果ガス排出国として、米国は率先して取り組むべきです。」(PG&E ダービーCEO)
「国の温暖化対策には温室効果ガスを排出するすべての経済分野を組み入れるべきです。」(BPアメリカ エルバート副会長)
「米国の自由経済を支えてきた大企業が団結して環境保護を訴えたのは注目すべきことです。」(共和党 ウォーナー上院議員)
終わりに
石油業界とつながりの深い現ブッシュ・チェイニー政権はイラク戦争を引き起こし、洞爺湖サミットを目前に控えた今も、CO2削減の義務化に抵抗している。
しかし、アメリカの産業界は、新大統領が登場する来年以降はCO2削減の義務化は不可避と見極め、温暖化対策を新たな金儲けのチャンスと期待しているようだ。
(アース)
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